栗原商店 昭和~平成

おじいさんの兄弟が戦争に行くときの写真と思われます。場所は特定できず、、

銀行の通帳?三島信用金庫の前身「有限責任三島信用組合」の通帳でしょうか

二代目、本当は戦争に行く予定だったのでは? 終戦の約1年前 日の丸寄せ書き

静岡県ところてん蜜豆小売商組合があったんですね。


同じく戦争に行くため 千人針ですね 

昭和30年代 社員旅行なのか近所の旅行なのか不明 仙台五大堂

昭和40年?現会長結婚式 三嶋大社にて

昭和40年代 社員旅行 長野県(善光寺に行ったと思われる)

昭和44年頃 現社長 工場(こうば)兼自宅の前、まだ舗装されていない。泉町(すがお八百屋の裏)

昭和47年7月 社員旅行と思われます 場所不明

昭和48年頃 あまり多くない家族全員が写っている写真です。

昭和50年代? と思われる2代目忠三郎と妻ふじ江

昭和62年10月 写真旅行 修善寺渡月荘金龍 本日出席の方もおられます。現社長もうっすら覚えている方も多いです

インターネットで初めてお店を開いた時の画像 2000年(平成12年)楽天市場の店舗です 画僧がもうなくなってしまっているのも多いので歯抜けですが、、

平成18年頃 三嶋大社の茶店 茶店にはよく配達にも行きました。行くたびにおでんもらってました

息子がお世話になったアスルクラロ沼津を卒団後、練習場看板スポンサーから現在はゴール裏スポンサーにさせてもらっています。

平成29年冬に工場売店をリニューアル。飲食もできるようになり、もともと作っていたこんにゃく・白滝を生かすべくおでんを販売開始

平成30年 本社工場看板、工場売店リニューアルも完成

平成31年3月28日 広小路に甘味処伊豆河童オープン もともと迎えの銀月さんに卸していた時は社長もお手伝いで納品に行っていた。 銀月さんがやめてから(20年位前?)甘味処が広小路になくなる、同時にネット通販を中心にしていた栗原商店の商品を地元で買えない、食べられないという声を聞くようになる

現在、オープンしている甘味処伊豆河童のスタッフです。こちらは水曜休みで夕方6時半まで営業 工場売店は日曜祝日が休みで平日も夕方5時で終わるため来られないお客様にもたくさん来てもらえるようになったと思います。

現在の栗原商店、工場売店前でスタッフ全員と。

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栗原 康浩
ところてんの伊豆河童 株式会社栗原商店の代表取締役。 1869(明治2)年から続く、ところてんやあんみつの製造販売を行う会社の4代目。 当社の天草(てんぐさ)は、硬めの東伊豆産と柔らかめの西伊豆のブレンドした独特の商品。粘りとコシが強く、風味よくしっかりとした食感が特徴。